大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和50年(オ)157号 判決

上告人

別府相互タクシー株式会社

右代表者代表取締役

職務代行者

本田正臣

有松岩彦

右訴訟代理人

松木武

被上告人

土谷芳則

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人松木武の上告理由について。

株式会社において、取締役の解任を目的とする臨時総会を招集することが、商法二七一条一項にいう「会社ノ常務ニ属セザル行為」にあたると解すべきことは、当裁判所の判例の趣旨とするところであり(最高裁昭和三五年(オ)第一四四七号同三九年五月二一日第一小法廷判決・民集一八巻四号六〇八頁参照)、このことは、右臨時総会の招集が、少数株主による招集の請求に基づくものであるときにおいても同様と解するのが相当である。けだし、会社の常務とは、当該会社として日常行われるべき通常の業務をいうのであり、取締役の解任を目的とする臨時総会の招集の如きは日常、通常の業務にあたらないと解すべきであるところ、その招集行為の性質そのものは、それが少数株主の総会招集請求に基づく場合であつても、なんら影響を受けないと解すべきであるからである。

したがつて、右と同旨の原判決の判断は正当であり、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(吉田豊 岡原昌男 小川信雄 大塚喜一郎)

上告代理人松木武の上告理由

原判決には法令の解釈の誤りがある。すなわち、原判決は「少数株主の招集請求による取締役の解任を議題とする臨時株主総会の招集は商法第二七一条第一項にいう常務に属せざる行為にあたる。」と判示しているが、これは商法第二七一条第一項の解釈を誤まつたものである。

以下理由を述べる。

一、商法第二七一条第一項の「常務」の意義については、会社事業の通常の経過に伴なう業務行為(大隅健一郎全訂会社法論中巻一六三頁)とか、会社としてて日常行なわれるべき事務(石井照久会社法Ⅰ(二)四九四頁)とか解されており、通説は、それゆえ定時総会の招集は「常務」に属するが臨時総会の招集は「常務」に属さないとし、判例(昭和三九年五月二一日最民集一八巻六〇八頁)もこれに従つているかのようである。そして原判決も通説に従つたものと思われるが、通説の見解は「常務」の定義が曖昧で何を基準にしているか定かでない為その趣旨は必ずしも明らかでない。

(一) まず通説は、行為の性質・内容を基準として「常務」の意義を定めているのではないかと思料される。そこで通説は、定時総会では計算書類の承認が議題となるが臨時総会では特異な議題が決議事項となるから、前者の招集は「常務」にあたるが後者の招集は「常務」にあたらないとしたのであろう。

しかしながら、定時総会においても特別決議を要するような事項を議決することは当然可能である。また通説によれば、臨時総会において計算書類の承認が議題となる場合も生じてくる。

従つて、定時総会臨時総会といつてもその内容に本質的差異はないのであつて、定時総会の招集を「常務」と解する以上臨時総会の招集を「常務」と解さないのは不合理である。

(二) 次に通説は、社会的事実ないし業務慣行を基準として「常務」の意義を定めているのではないかと思料される。

つまり、定時総会は毎決算期に必らず招集されているから「常務」にあたるが、臨時総会は不規則に稀にしか招集されていないから「常務」にあたらないとしたのであろうか。

しかしながら、過去その会社において行なわれた事実はないが当然職務代行者が「常務」として行なわなければならない行為も存在する(例えば商法二〇四条の二の行為や通説も認めている総会決議取消の訴など)し、商法の規定に違反して定時総会を全く招集していない会社も現実には存在するのであるから、業務慣行を基準に「常務」であると判断するのは妥当ではない。

(三) そこで、通説は、法令・定款によつて一定の行為が義務づけられているかいないかの基準によつて「常務」の意義を定めているのではないかと思料される。

この基準に従えば、過去一度も招集されたことのない定時総会を招集する行為は、法令によつて義務づけられているのであるから「常務」にあたるが、新株の発行や社債の募集などのように取締役会の裁量に属しているだけの行為は「常務」にあたらないと解することができ妥当である。

通説の見解をこのように解すれば、臨時総会の招集決定は取締役会の裁量事項であるから「常務」に属さないと言えるが、これはあくまで一般の場合である。本件の如く少数株主権による臨時総会招集の請求が為された場合には、代表取締役は原則として総会を招集しなければならないのであつてその裁量に属しない。

従つて、本件の如く、少数株主の招集請求があつた場合の臨時株主総会の招集は、商法第二七一条第一項にいう「常務」に属する行為にあたると解されるのである。

そして前出判例も、少数株主権による臨時総会招集の請求があつた場合までも含めて臨時総会の招集は会社の「常務」に属さないと判示したものではないと解する。

一般の臨時総会の招集と少数株主による招集請求があつた場合のそれとは質的に異なるものなのである。

(四) 以上の結論は、商法第二七一条第一項但書の法意とも一致すると思われる。但書によれば、常務に属さない行為は本案の管轄裁判所の許可を得ることを要するが、この手紙は非訟事件手続によつて行なわれるのである。(非訟事件手続法一三二条ノ五第一項)

そこで、取締役の裁量に属する行為については、裁判所が形成的判断を下すことになるから非訟事件手続によくなじむが、法令上又は定款上当然行なわなければならない行為については非訟事件手続はあまりなじまないと思われるなぜなら、裁判所はそのような行為については、前提事実が存在する以上必らず許可を与えなければならないから、結局その手続で行なうことは、前提事実の存否についての確認的判断を行なうだけとなるからである。このような場合は、むしろ事後的な訴訟手続に任せるのが妥当と考えられるがそう解するならば「常務」に属さない行為は、取締役の裁量に属する行為のみに限定すべきと思われる。

二、以上、少数株主の招集請求による臨時株主総会の招集は「常務」にあたると解すべきであるが、さらに原判決は、「取締役の解任を議題とする臨時株主総会の招集は常務に属せざる行為」と判示しており、この趣旨は、臨時株主総会のなかでも特に取締役の解任を議題とするようなものは、その招集が「常務」に属しないという意味にも解されうる。

しかしながら、取締役の解任を議題とするものであつても、少数株主の招集請求があつた場合、代表取締役職務代行者は臨時総会を招集しなければならない義務があるから、この場合を別異に解すべき理由はない。

また、取締役の解任を議題とすることは法令仮処分命令の趣旨に反するものではないとの判例(大判昭和八年六月三〇日民集一二巻一七号一七一一頁)も存する。

さらに、上告人は、運輸大臣の免許を受けて一般自動車運送事業を営んでいる株式会社であり、被上告人は、昭和四六年七月二五日から上告人会社の取締役に就任したことになつている者であるが、道路運送法第六条の二は、一般自動車運送事業の免許条件として、法人の場合には、その役員が一年以上の懲役又は禁固の刑に処せられその執行を終り又は執行を受けることがなくなつた日から二年を経過していない者でないことを要する旨規定し、同法第四三条は免許後に右条件に違反するに至つたときは免許を取消すことができる旨規定しているところ、被上告人は、昭和四七年五月四日大分地方裁判所において有価証券偽造同行使詐欺等の罪で懲役三年執行猶予四年の有罪判決を受け、同判決はそのまま確定してしまつた。そこで上告人会社は、被上告人を取締役から解任しなければ免許の取消を受けてもやむを得ない立場に立たされたところ、昭和四八年一月九日に至り、監督庁である大分県陸運事務所長から、右事実の指摘を受けその善処方を命ぜられた。そこで、被上告人の解任を議題とする臨時総会が少数株主の請求によつて招集されたのである。

従つて、本件の場合、その議題そのものは全く問題がなかつたのである。

以上原判決は、法令の解釈を誤まつており、破棄されるべきである。

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